社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

村上靖彦『客観性の落とし穴』(ちくまプリマー新書)

 客観性を追い求めることで却って不可視化されるものに焦点を当てよ、という本。科学は、自然を数値化し、社会を数値化し、心を数値化した。それによりすべてが「モノ」化し、人々は数字を追い求める競争に躍起になった。企業の利益競争や教育における偏差値競争などである。それは社会に差別や分断を生み出してきた。そうではなく著者が提案する世界へのアプローチ法は現象学である。現象学においては、①語り手の言葉を言い間違いも含めて可能な限り尊重してその人の身体性・個別性を保存する、②語られた文脈を重視するためただ一人の語りを大きく引用する、③語りのディテールを尊重する、④研究者自身の社会的立場、語り手の関係性も明示する、という手法をとることで、数値化されない人間の実像に迫れる。

 本書は、科学による世の中の数値化に対して警鐘を鳴らすものである。客観的なもの、数字でとらえられるものに依拠すると、取りこぼされるものがある。むしろその取りこぼされるところに世の中の本質は宿っているのである。確かに科学の営みも大事だが、それとは異なるアプローチとして現象学的なアプローチも重要である。それは生活史などに近接してくるだろう。たいへんわかりやすく面白い本であった。