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富岡多恵子『表現の風景』(講談社)

 詩人である富岡多恵子のエッセイ集。話題は多岐にわたり、障碍者用のダッチワイフの話から私小説の話、女性の地位の話などさまざまである。単純な表現論に終わるのではなく、社会問題へのまなざしも備えているのが好ましい。中でも冒頭のエッセイは、障碍者の息子を持つ母親が息子の性の処理をしていたことを問題視した医師がダッチワイフを開発したという話で、社会の闇に淡々と肉薄していく筆致が素晴らしい。

 基本的に問題提起の書であり、このような問題点があるというのを丁寧に提示している。それについて理論的に論じようという姿勢はあまり感じられないが、事実を詳細に提示してくれるのはうれしい。ここで提起された問題を我々は考えさせられるのである。富岡は理論派というよりは事実派だったのだと思う。理論的な強度はほとんど感じられないが、どのようなことが問題点になりうるかについての嗅覚は非常に優れていると思う。