社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

清水俊史『ブッダという男』(ちくま新書)

 ブッダ研究の論点がわかるスリリングな本。我々がブッダの教えを解釈する際、どうしても現代においても有意義であってほしいというバイアスがかかり、現代の価値観を先取りをしていたといった解釈がなされがちである。だが実際には、ブッダは業と輪廻の実在を信じていたし、一般社会での階級の区別を是認していたし、女性が男性より劣っていると信じていた。ブッダはあくまで当時の歴史的条件によって限定されていたのである。

 ブッダはこうあってほしいとか、ブッダは先進的であったとか、我々はそんな望みを託してブッダの教えを読みがちである。本書はそのようなバイアスが真のブッダ像をゆがめることに警鐘を鳴らしている。ブッダについて様々な論点が示されていて、ブッダ研究の入門書ともなるであろう。とにかく楽しく読めた。

 

 

本間・中原『会社の中はジレンマだらけ』(光文社新書)

 経営学者の中原淳と、ヤフーの上級執行役員が、日本の職場をめぐる多様な論点について対談している本。話題は、上司が部下に仕事を振ることや、部下のワークライフバランス、働かないおじさん、新規事業、転職など多岐にわたり、それらについて豊富な議論が交わされている。2016年の本であるが、十分現在でも通用する話題ばかりである。これからは人事の時代になり、多様な働き方や価値観に対応する人事が必要になっていくとのこと。

 私は中原淳のことは信用していて、彼の著作はだいぶ読んできたが、今回は対談ということで幅広で自由な議論がなされている。理論的にかっちりしているわけではないが、中原の問題意識がこの本にはだいぶ凝縮していると感じる。中原の本はまだ未読のものもあるので読んでいきたい。

情報公開担当職員を2年やって気づいたこと

1.量の多さ

 近年、情報公開制度が国民に広く知られるようになったため、公文書開示請求や保有個人情報開示請求の件数は増加の一途をたどっている。それをすべて把握するため、仕事量は多い。さらに、それに比例するように不開示決定等に対する審査請求の数も増えており、それを審議する事務も重い。マンパワーが必要な職場である。

 

2.期限の設定

 情報開示には期限があるし、審査請求を審査する会議も定期的に開催されるため、その期日に合わせるように仕事をすることになる。とても自分のペースでなんか仕事はできないし、常に目の前の仕事に追われることになる。迅速な判断と事務処理が要求される職場であり、ストレスも大きいため病気休職者が出ることもある。

 

3.国民との近さ

 国民が自分から開示請求してくるので、当然国民とじかにやり取りすることも多い。これは仕事が国民に近いということであり、そこでクレーム処理の技量なども必要となってくるが、国民にじかに役立っているというやりがいも生じるだろう。柔軟な精神が必要であり、お役所対応だけでは通用しない。

 

4.デジタル化への対応

 個人情報保護制度がデジタル化に対応するために大改正を行ったように、情報開示についてもどんどんデジタル化が進んでおり、それに対応する検討が必要になっている。旧来のやり方にとらわれず、時代の要求をくみ取る力が試される。個人的には個人情報保護制度の改正に携わったが、制度を変えることの大変さを嫌というほど味わった。

石垣りん『詩の中の風景』(中公文庫)

 石垣りんが近現代詩を一篇ずつ紹介しているエッセイ集である。素朴ながらも心を打つ詩が多く紹介されていて、読んでいて心から感情があふれ出しそうになる。石垣自身もそのような解説をよくしていて、詩というものは我々の堰き止められた感情をあふれ出させるものだと改めて感じた。

 詩というと難解なイメージがあるが、石垣の紹介する詩は少しも難しくない。簡単な言葉で単純なことを書いている。だがそれでありながら人の心を打つ力を持つ詩が多く紹介されている。詩というものは障害を乗り越えるもの。それは我々の凝り固まった心を解きほぐすもの。そういうことを改めて感じさせられた。

橋本努『自由原理』(岩波書店)

 福祉国家の根本原理について考察した本。福祉国家の理念については様々なものが挙げられる。①福祉国家以前に存在した愛徳の理念で共同体の外側を包摂するもの、②ロックによる個人的所有権に基づく最小国家、③最小国家より安上がりな人々に規律訓練を課す国家、④生権力を行使し人々を健康にする国家、⑤各人が自律した人間になることを相互に助け合い共通善を担うという連帯の理念、⑥民主的討議を通じて福祉政策を決める福祉国家、⑦政府介入を最小限にしつつ経済と福祉の両方を同時に発展させるシステム、⑧人間の潜在能力の全面開花という意味での自由の実現。福祉国家思想の発展は、同時に自由の発展史でもあった。

 福祉国家というものを、その原理・哲学から論じた重要な著作である。福祉国家についてはその基本となる哲学について十分整理されてこなかったように思われる。現在我々も福祉国家で生きているわけであるが、それがどのような思想に基づき、どのような方向性を持っているか、理解することは非常に重要である。本書はそのような機会を与えてくれよう。