社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

浅生鴨『選ばない仕事選び』(ちくまプリマー新書)

 仕事についての気づきに満ちたエッセイ。仕事とは職業ではなくて実際に行う行為のこと。だから、仕事とは医者ではなくて診察、店員ではなくて接客である。そして、仕事はその具体的な行為を通じて世界を少しだけ変えていく。仕事の意義はそこにある。仕事は自分から選ぶというより、仕事が自分を選んでくる。重要なのはどういう職業に就くかではなく、どのような行為をするか、どのような人間になるかということだ。

 非常に脱力感に満ちているが、とても重要なことが書かれているエッセイである。仕事について私も気づかされることがいろいろあり、さすが鋭い洞察をなされる方だと思った。私も職業を選ぶ前にこんな本を読みたかったものだ。そうすればもっと見通しがクリアになっていたかもしれない。

田中大介『電車で怒られた!』(光文社新書)

 

 鉄道マナー史入門。電車の内部は社会の縮図である。電車での人々の振る舞いについて、古くは交通道徳として問題視され、それが社内エチケットと呼ばれ、今では交通マナーと呼ばれている。エチケットは席を譲るなど表現的な側面、マナーは迷惑をかけないといった抑制的な側面に光を当てている。電車内での振る舞いについては、最近は相互に監視の目が鋭くなっており、今となっては黙ってスマホを見つめているのが最も適切な振る舞いのようになっている。

 鉄道マナー史というのはとても斬新な視点であり、このような研究がなされていること自体驚きであったが、それなりの研究の蓄積があり、このような新書も出されていることがわかった。いろいろ考えさせられることが多く、歴史よりも理論的な側面についてもっと知りたいと思った。とにかく、この視点は面白い。鉄道マナーから見える哲学についての研究に期待したい。

加藤喜之『福音派』(中公新書)

 福音派の思想と歴史。アメリカの福音派は、神の言葉としての聖書、個人的な回心体験、救いの条件としてのキリストへの信仰、そして布教を重視する宗教集団である。人工妊娠中絶に反対し、同性愛を嫌い、経済的自由を尊重し、科学や歴史に神の視点を入れようとする。福音派はそれなりの規模と影響力を持ち、政治とのかかわりも深い。

 私はこれまで福音派の存在自体知らなかったので、この本で新しい知識を得ることができた。福音派の登場人物も知らない名前ばかりで、とにかく新しくインプットする知識が多かった。アメリカがイラクを攻撃した背景とか、アメリカの行動の真の動機が福音派の影響力にあることがわかる。アメリカ政治に対して一定の影響力を持ち続ける原理主義としての福音派。頑なである。

岸政彦『生活史の方法』(ちくま新書)

 生活史の実践について書いた本。ひとりの人間の人生の語りあるいはそこで語られる個人の人生そのものを「生活史」と呼ぶ。生活史を書くのは、「語り手の人生を尊重する」という態度があれば誰にでもできる。社会的に分断・排除された人の声は特に圧殺されやすいので、生活史として拾い上げる必要があるが、どんな人生の語りであっても同じく生活史である。他者を安易に理解することの暴力に自覚的でありながら、積極的に受動的であること。そういう態度が必要である。

 質的社会学の実践として有効な生活史という方法。それについて第一人者がわかりやすく綴っている良書である。私自身、著者の著作についてはこれまでも何冊か読んできていて、そこでなされている生活史の方法について共感するところが多い。統計分析では見えて来ないもの。それは統計分析のように客観的ではないかもしれないが、だからこそ見えてくるもの。それは大事にしたい。

宮垣元『NPOとは何か』(中公新書)

 NPO入門。日本社会でも古くから民間非営利活動はあった。こうした営みが奉仕として容易に国家権力に利用されてきた。安保闘争後、学生運動が停滞すると、具体的な社会活動を行う主体が増えてきた。NPOは多種多様な形態をとりながら、官民の間を取り持つ主体として活躍している。ボランタリーの失敗といった矛盾を抱えてもいる。

 NPOの歴史、理論について丁寧に論じていて好感が持てる書籍だ。今やNPOは所与の存在となっているが、その実像については漠然としたイメージしかもっていない人が多いと思う。そういう人にはぜひともお薦めのNPO入門書である。最近NPOってよく聞くけど、実際どういうものなの?そういう疑問に答えてくれる本である。