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荒松雄『ヒンドゥー教とイスラム教』(岩波新書)

 ヒンドゥー教とイスラム教は、互いに相容れない教義を持っているにもかかわらず、インド社会では接触・共存・融合してきた。ヒンドゥー教は多神教でイスラム教は一神教、ヒンドゥー教は偶像崇拝でイスラム教は偶像を認めない、ヒンドゥー教は業と輪廻を説きイスラム教は最後の審判を説く、ヒンドゥー教には唯一絶対の聖典がないけれどイスラム教にはコーランという聖典がある、ヒンドゥー教においては聖職者が重要な役割を果すがイスラム教には正式の聖職者がいない、など、両宗教には教義上の違いが数多くある。

 また、両宗教には社会関係の上でも違いがある。ヒンドゥーであるためにはヒンドゥーの家に生まれることが普通であるが、ムスリムになるためには単にアラーに帰依しさえすればよい。ヒンドゥーの社会ではカースト・ヴァルナ制による不平等が存在しているが、ムスリムは皆アラーの前では平等である。ヒンドゥーは家族やカーストを大事にし、また脱俗の理想を持っているが、ムスリムは個人や家族の枠を超えた連帯を意識し俗世間にあって自らの職業にいそしむことを重視する。

 だが、民族の視点や日常生活の在り方、言語などはヒンドゥームスリムに共通し、また、衣食住、美術、建築などにおいては、両文化の混合(シンクレティズム)が見られる。歴史的には、教義上も両宗教の折衷を試みる運動もあった。そして、イギリスによる植民地支配に対抗するものとしてのインドの国民意識の高揚、また議会の設置によって様々な立場の人たちが一堂に会し議論する機会ができ、インドはますます「インド国民」として宗派を超えたつながりを作り出している。

 本書は、ヒンドゥー教とイスラム教への入門書ではない。それらの宗教の教義などを細かく説明する本ではない。それよりも、相容れないはずの二つの宗教がひとつの国に共存したとき、そこに何が起こるか、ということを、インドの歴史的具体例を挙げて検証しているのである。もちろん、宗教文化史とも読めるし、宗教の観点から見たインド史とも読める。日本においても同じような見方はできるはずで、例えば神道と仏教の併存について似たような考え方もできるだろう。ただ、日本においては宗教は対立することなく融合することが多かったため、本書のようなダイナミックな歴史は生まれていないと思われる。