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今村仁司『マルクス入門』(ちくま新書)

マルクス入門 (ちくま新書)

マルクス入門 (ちくま新書)

 マルクスの著作は多くの人たちによって解釈されてきた。マルクス解釈として大きく三類型がある。まず、経済中心史観。経済は社会全体の土台で、社会内のあらゆる現象は経済生活によって因果的に決定されるとする見方。次に、実践的主体論で、主にルカーチによって唱えられた。歴史は階級意識に目覚めた実践的主体(プロレタリアート)が作る。そして、構造論(関係論)。初めに実在するのは関係する行為の束の作る関係的構造であり、その構造の中で主観と客観が形成される。つまり、決定論と主体論を高次の次元でとらえ直す立場である。

 マルクスは、古代ギリシアを精神的故郷とした。来たるべき共同体は、古代ギリシア的な共同体(コミューン)となるべきだと考えた。そこでは各人の自由な発展が、共同の生産手段をもとにした自由人たちの団体において実現され、労働が自己目的化される自由の国が実現する。また、古代ギリシアの貨幣嫌悪を継承し、貨幣は人格・知識・知恵という価格に乗らないものまで売り物に変えると非難した。さらに、一切の超越的存在を現世から追放した無神論もギリシア精神を受け継いだものである。

 国家とは中間項である。国家の発生は避けられないが、人間は国家を通じて自己を自由にする。だが、国家においては、人間は公民と私人に分裂してしまう。この分裂をなくすために、人間の完全なる喪失であるがゆえに人間の完全なる再獲得によってのみ自らを獲得しうる階層(プロレタリアート)が社会を変革する。そこにおいて、人間と人間との障害物なき統合、人間と自然との人間的な統合が可能になる。

 マルクスは資本主義の構造分析と歴史哲学を結合しようとした。彼によれば、社会的関係は三つの段階に分けられる。第一段階。事物の介入が極小で人格的相互性が優越している。第二段階。個々の人格は自律しているが、諸個人は事物に媒介される。第三段階。自由人を形式的・実質的に完成させる分裂なき共同体。原初的共同体が解体することで、共同所有と個人所有の緊密な結合が解消され、生産する人間と大地が全面的に解体した。これが資本主義の登場である。資本主義は個人を自由にしたが、そこからさらに私的所有が共同所有に結合することで、分裂なき共同体が実現する。

 本書は、マルクスの、経済学者であると同時に哲学者であるという二面性を的確にとらえ、かつ、マルクス解釈の幅を提示することにより、マルクス思想の懐の深さを知らしめてくれる。マルクスが警鐘を鳴らした資本主義における共同体の分裂は、確かに存在するが、それが直ちに悪になるとも思えないし、資本主義自体も社会主義的に変貌している現在、マルクスの思想をどう理解するかは読者の課題であろう。