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行為

 黒田亘「行為と規範」(勁草書房)がおもしろい。まずは行為の定義から始まる。行為概念はphysis(自然)を写し取るものではなく、nomos(人間間の約束事)で定まっている。「行為」という言葉は自然に存在する事物を記述するのではなく、その意味は人間が「行為」という言葉を使用する仕方によって決まる。

 そこで、アンスコムの意志行為(intentional action)が参照される。意志行為とは、観察によらずに自分が「何」を「なぜ」おこなっているか即座に答えられるような振る舞いである。そして、ある人の振る舞いは、それを彼の意志行為とみなせるような記述が少なくともひとつ見出せるような場合、行為と呼べる。「ドアを開ける」振る舞いは、同時に「ドアを人にぶつける」「その人のメガネを壊す」振る舞いであるかもしれないが、そのうちの「ドアを開ける」振る舞いが意志行為であれば、それらの振る舞いは「行為」であることになる。

 こう考えると、刑法上の「実行行為」概念は、「行為」概念をだいぶ限定したものであることが分かる。実行行為とは、客観的には構成要件に該当し、法益侵害の現実的危険性を有し、主観的には故意・過失が存在するものである。だから、実行行為は、行為の中から、まず構成要件該当性や危険性により規範的に選別される。次に、単に自分が何をなぜやっているかわかるというだけの認識ではなく、それがどのような犯罪結果を発生させるかの認識または予見可能性がある行為だけが、実行行為として選別される。